大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和62年(オ)659号 判決

上告人 日本国有鉄道清算事業団(旧名称日本国有鉄道)

右代表者理事長 石月昭二

右訴訟代理人弁護士 秋山昭八 平井二郎

右訴訟代理人 室伏仁

被上告人 国鉄労働組合

右代表者中央執行委員長 稲田芳朗

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人秋山昭八、同平井二郎、同小野澤峯藏、同室伏仁、同鈴木寛の上告理由第一点及び第二点について

原審の適法に確定した事実関係の下において、被上告人から上告人に対し第一審判決添付の別紙目録記載の各事項(以下「本件各事項」という)につき団体交渉を求め得る地位にあることの確認を求める本件訴えが、確認の利益を欠くものとはいえず、適法であるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない(なお、原審最終口頭弁論期日の直後である昭和六一年一二月四日、日本国有鉄道改革法、日本国有鉄道清算事業団等のいわゆる国鉄改革関連法が公布され、上告人は、同六二年四月一日、控訴審当時の日本国有鉄道から現在の日本国有鉄道清算事業団となり、同日以降、鉄道事業をその業務とするものではなくなったが、被上告人が上告人に対して申し入れた本件各事項についての団体交渉は、本件乗車証制度の改廃に関し、従前、被上告人所属の組合員が本件各乗車証によって得ていた待遇と実質的にみて同等の内容の労働条件の実現を目的とし、これを要求する趣旨のものとも解し得るから、同日以降、上告人と被上告人との間で右団体交渉を行うことがその意味を失ったということはできず、本件訴えにつき確認の利益が消滅したものとすることはできない)。また、本件記録によれば、原審の訴訟手続に所論の違法は認められない。論旨はすべて採用することができない。

同第三点について

本件各事項が公共企業体等労働関係法(昭和六一年法律第九三号による改正前のもの)八条四号にいう「労働条件に関する事項」に該当し、団体交渉の対象となるべき事項であるとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 佐藤庄市郎)

(昭和六二年(オ)第六五九号 上告人日本国有鉄道清算事業団)

上告代理人秋山昭八、同平井二郎、同小野澤峯藏、同室伏仁、同鈴木寛の上告理由

(本件の事実関係)

本件で貴裁判所の適切な御判断を仰ぐためには、その前提として本件の実情についての御理解を得ておく必要があるので、上告理由に先立って本件の概要を述べる。

一 本件で問題とされたのは、日本国有鉄道(昭和六二年四月一日からは、日本国有鉄道清算事業団と名称を変更した。以下「国鉄」という。)において、昭和五七年一二月一日から実施された乗車証制度の改正に関するものである。これを被上告人が、本訴で団体交渉事項であるとしている職務定期乗車証、精勤乗車証、永年勤続者乗車証を中心にみると、その従前の制度は、ほぼ次のようなものである。

(1) 職務定期乗車証

職員に対し、心身の故障による休職職員及び無給職員を除き、職務遂行上特に必要な範囲内において交付されるが、〈1〉停職中の者及び労働組合専従休職者、〈2〉懲戒事由に該当する行為をし、制裁を受けている者、〈3〉乗車証等により不正行為をした場合又は乗車証を亡失し若しくは汚損した場合であって制裁を受けている者に対してはそれぞれ所定期間交付されない。

(2) 精勤乗車証

職員に対し、平素勤務に精励であると認めた場合に、月一回の割合で、在職期間に応じ、臨時乗車証の交付資格を附与することができるものとされていたが、〈1〉欠勤のあった者又は休職となったもの、〈2〉懲戒事由に該当する行為をし制裁を受けている者、〈3〉乗車証等により不正行為をした場合又は乗車証を亡失し若しくは汚損等をした場合であって制裁を受けている者については、それぞれ所定期間、交付資格が附与されないこととなっていた。

(3) 永年勤続者乗車証

退職した職員に対し、退職時の身分や在職期間に応じて、臨時乗車証を交付することができるものとされていたが、〈1〉懲戒事由に該当する行為をし制裁を受けている者、〈2〉乗車証等により不正行為をした場合又は乗車証を亡失し若しくは汚損等をした場合であって制裁を受けている者、〈3〉退職となった者で退職手当を支給されない場合、〈4〉退職後、刑事事件に関し、起訴された場合には、それぞれ所定期間交付されないこととなっていた。

(4) その他の乗車証

右のほかにも、職員等に対し表彰式や講習会等に出席するなど必要に応じ臨時の乗車証が交付されていたが、部外者に対しても、例えば国会議員に対し法令に基づき発行されるもの、日本学士院会員などの国家的、社会的、文化的に顕著な貢献をされた方に公法人である国鉄として儀礼上発行されるもの、国鉄業務に密接に関連する連絡運輸会社や各種委員会委員、関係省庁、あるいは新聞・テレビなどの民間報道機関など国鉄業務の円滑な遂行上発行されていたものなどがあった。

右に見るように、これら乗車証の発行は、あるいは国家的要請に基づいて、あるいは本来の業務の必要に応じて設けられた措置によるものであるが、いずれにせよ公共性の強い交通機関の運賃を免除するものであるから、その内容の決定は、当然公法人たる国鉄の事業運営上の裁量に委ねられていたものである。したがって、それらは鉄道乗車証管理規程(昭三九・四・一総裁達一五五)、及び鉄道乗車証基本基準規程(昭三九・四・一〇総文達八)に基づいて発行されていた。

二 ところで、昭和五七年一二月以降、右制度はほぼ次のように改正された。〈1〉職務乗車証は、職務上の必要性や通勤などを考慮して通用区間を限定するとともに、従来からも自粛に努めていた私鉄各社との間の相互無料乗車や有効な乗車証を所持せずに乗車したり、乗車証と類似したもので乗車することを禁止するなどその取扱いの厳正方の徹底をはかった。〈2〉新たな措置として、在職六箇月以上の職員で平素勤務に精励であると認めた場合には、在職期間に応じた枚数の割引券を交付することができることとするとともに、勤続二四年以上であった退職者に対しても、割引券を交付することができることとした。〈3〉その他の乗車証も、法令に基づく国会議員については、従来どおり発行交付されるが、その余は、必要な範囲で乗車券を交付したり、駅構内への立入りを必要とする者に対し業務証明書を発行することとした。

三 右のような改正が図られたのは、国会の議論や広く一般国民の声として、乗車証が発行される対象や使用の態様について多くの批判が寄せられていたからである。

その批判の内容は、例えば、国鉄職員が職務とか通勤以外に乗車証を使用しているのは、公共財を私的に使用しているものであって許されるべきでないとするもの、運賃改定等で国民に対する負担を重くしている一方で、職員を無賃で乗車せしめているのは、国民の負担において職員に利益を与えるもので、国民に対する甘えであり、国鉄の財政状態からみて不合理であるとするもの等であった。

特に、国鉄の累積債務が増大し、経営の抜本的改革が叫ばれるに至って、その批判は厳しさを加えた。これらは国鉄が公共財である企業体であり、その経営はあくまで国民の利益のために、その意思に従ってなされるべきであって、国民の付託に従ってその経営の任にあたっているものとして、たとえ職員を対象とするものであっても、何ら合理的な根拠もなしに、その私的利用を許したりすべきではないと考えられたからである。

ところで、日本国有鉄道経営調査会の昭和三一年一月一二日付答申(〈証拠略〉)など古くから、制度そのものの見通し等が提言されていたが、改善はたとえば職務定期乗車証について等級制を廃止し、すべて普通車両のみとするなど一部分に過ぎなかった。そこで、昭和五六年一二月一三日、行政管理庁は、「財政再建下にある事情等を勘案して必要性の乏しい鉄道乗車証については廃止するなど、発行基準の見直しを行う必要がある。」旨勧告し(〈証拠略〉)、翌五七年七月三〇日、臨時行政調査会は、基本答申の中で、「永年勤続乗車証、精勤乗車証及び家族割引乗車証を廃止する。その他職員にかかわる乗車証については、例えば通勤区間に限定するなど業務上の必要のためのみに使用されるよう改める。また、国鉄以外の者に対して発行されているすべての乗車証についても廃止する。なお、他の交通機関との間に行われている相互無料乗車の慣行を是正する。」と指摘し(〈証拠略〉)、更にまた同五七年九月二四日には、政府は、右基本答申の趣旨に添うべく、国鉄の事業の再建を図るために当面緊急に講ずべき対策の一つとして、「職員の乗車証は通勤用及び業務上必要な範囲に限定するとともに、その他の鉄道乗車証制度についても原則として廃止する。」との閣議決定をするに至った(〈証拠略〉)。

国鉄は、これら乗車証制度に対する批判や指摘に従い、昭和五七年九月頃から改正案作りに着手し、同年一二月一日からこれを実施することとした。

四 右に述べたように、乗車証制度は、公共財である企業体の経営を委ねられていた国鉄が、業務の必要度に応じ、適切な判断の下にその発行を決定すべきものであって、職員やその家族に対するものについても、それを発行するか否か、また、内容をどのようにするか、あるいはそれを変更したり、廃止したりするかどうか等は、すべて国鉄自身において判断し、決定すべきことであって、職員その他これを交付されている者の同意を得たり、協議を求めたりして決定すべき筋合のものではない。国鉄の鉄道サービスは公共財であって、運賃を支払って乗車券を受けなければ乗車できないのが原則であり(鉄道営業法第一五条一項)、かかる公共財について、いかなる者に対してであれ無賃乗車証を認めることは、公平を失し、且つその経営についての障害ともなるものであるから、無賃乗車を可能とするような乗車証を発行することには本来的な問題が存するのであり、その趣旨で従来から世論の批判も受けてきたところである。国鉄がこれまでこの種乗車証を発行してきたことについても、このような問題性を包含した上でのことであって、監督官庁等国の諸機関において、かかる乗車証類の発行を不合理であるとして、その廃止を求められれば、直ちにこれを廃止せざるをえなかったのである。乗車証類の発行は、以上のような制約のもとにおいて、国鉄の裁量により行ってきたものであり、国の機関等から廃止を求められれば直ちに廃止せざるを得ない性格のものなのであるから、労働協約等で労働組合とその発行について国鉄が義務を負うような約束をすることはできない事項であり、まさに公労法第八条にいう管理運営事項なのである。そうであるが故に、これまで右の発行について正式な労働協約が締結されたことはなかった。

五 国鉄の労使間における折衝には、中央では、団体交渉、事前協議のほか、いわゆる話合いの三種類のものがあった(〈証拠略〉)。

事前協議は、被上告人と国鉄間で締結された近代化、機械化及び合理化等に伴う事前協議に関する協定(〈証拠略〉)にあるように、(1)近代化の実施計画概要、(2)業務機関改廃の基本的な計画概要、(3)前各号に伴う要員計画の概要、(4)転換養成等の計画概要、(5)職場環境及び福利厚生などの改善策の概要、を対象として協議するものであって、その協議の結果、労働条件に関する事項があれば、それは団体交渉で行うこととなっていた。

団体交渉をすべき事項は、公労法第八条に規定されており、その手続きは団体交渉に関する協約(〈証拠略〉)に定められていた。団体交渉の前には、通常、事前の打合せが行われ、その際、申入れのあった事項等の性格の検討、団体交渉事項か否かの振分けなどを行うが、対象事項について双方の意見が合致したために、団体交渉をすることなく解決されることもあった(〈証拠略〉)。

団体交渉の主たる出席者は、国鉄側は職員局労働課の総括補佐、交渉担当補佐、交渉担当係員、当該事案の担当部局の補佐及び係員であり、被上告人側は、当該部署の部長、担当執行委員、職能別協議会の担当役員であって、右事前の打合せも、ほぼ同じ範囲の者が出席して行われていた(〈証拠略〉)。なお、団体交渉には、時に職員局長などや副委員長、書記長などが出席することもあった(〈証拠略〉)。

団体交渉において双方の意見の対立等により解決がつかない場合には、公労委に対する斡旋、調停又は場合により仲裁の申立てができることとされ、当事者間の合意による解決を基調とする平和的な解決の方法が設けられており(〈証拠略〉)、またある事案が団体交渉事項に該当するか否かについて、双方の手続きが用意されていた(〈証拠略〉)。

団体交渉の対象とされない事項、即ち、労働条件に関するとは認められない事項、管理運営事項については、前述の合理化等に関する事前協議の対象とされない限りは、交渉とか協議の対象とはされない。しかし、それらについても、当局側から事案の内容を説明し労使で意見交換したほうがよいと判断した場合は、必要に応じて話合いという意見交換の場が持たれていた(〈証拠略〉)。かかる話合いについては、一般的にその対象事項が手続等を定めた労働協約はないが、その一つとして、例えば、国鉄の再建についての基本的考え方について意見交換を行うものとされる再建問題等懇談会(〈証拠略〉)をあげることができる(〈証拠略〉)。このような労使の話合いは、事案の説明もさることながら、お互いに理解を深めて意見が一致するようにすることがよいという認識の下で行われたものである。したがって、それは、団体交渉とは称されないものの、出席者にせよ、事前の打合わせにせよ、場の持ち方にせよ、団体交渉と非常に似たものであった(〈証拠略〉)。

六 本件で問題とされている乗車証制度は、前述したように、国民から管理を委ねられた一種の公共財について、国民一般の負担において職員その他一部特定の者についてのみ、その利用料を割引いたり、無賃にしたりするもので、本来、国民一般の意向と離れて労使の間で協議したり、取り決めたりすることの出来ない性格のものであって、正に管理運営事項に属するものである(〈証拠略〉)。したがって過去何回か乗車証制度の内容が改正されたが、その際にも、労働組合との間で団体交渉が開かれたことはなく、話合いなり、説明なりを行った上で実施されてきたし、労働組合からかかる取扱いについて異論が出たことはなかった(〈証拠略〉)。

本件乗車証制度の改正においても、それが団体交渉事項ではないので、団体交渉はしないものの、職員になじんできた制度であることも考慮し、昭和五十年九月一七日から一一月四日まで一三回にわたり、十分に話合いが行われた。出席者は、通常、国鉄側から担当部課である総裁室文書課長、同課総括補佐、職員局労働課長、同課総括補佐、被上告人側から業務部長、中央執行委員らが出席し、常時ではないが、国鉄側から担当の常務理事、職員局長、被上告人側から副委員長、企画部長までもがこれに加わっている。また、国鉄側から資料とともに改正案の骨子を示して説明したうえ双方の意見を交換し、被上告人側から出された要望や意見についても、取り入れられるものはできるだけ取り入れる姿勢で対応し、現にかかる話合いの結果、例えば、家族割引について、職員の両親がその対象となりうるのは、「勤続一五年以上の職員の両親」としていた国鉄の原案を、「勤続一二年以上の職員の両親」と修正するなどして(〈証拠略〉)、被上告人側の意見を改正案に取り入れていたのである。したがって、この話合いは、実質的には団体交渉と変わりないものとみうるのである。

また、被上告人からは、話合いの席上、話合いの場を団体交渉としたいという意見がだされたが、国鉄は、形式の問題ではなく、実質的に議論を深めるべきものと考え、ただ、被上告人がこれをどのように措定するかは自由であるとした(〈証拠略〉)。右のように、労使間の折衝の性格について労使間で理解を異にする例は他にもあった(〈証拠略〉)が、右話合いについても、被上告人は、当時、これを団体交渉であるとして認識していたもののようであって、現にその機関紙である国鉄新聞一九八三年五月二七日号(〈証拠略〉)では、「国労はもちろん当局に対して執ように交渉を要求し、十数回に及ぶ交渉で……ともかく全廃はくいとめてきた。」と評価していた(〈証拠略〉)。

今回の乗車証制度の改正について、国鉄は、被上告人以外の労働組合に対しても、被上告人と同様、話合いを行い、意見を交換してきたが、いずれの組合も、国鉄をとりまく厳しい状況の下でこの程度の変更にとどまったことを高く評価していたのであって、もとより他の労働組合から本件の如き訴訟は提起されていない(〈証拠略〉)。

七 昭和六一年一一月二八日、第一〇七回国会において、いわゆる国鉄改革関連八法案が成立し、その結果、国鉄の有していた債権債務は、右国鉄関連法でいわゆる承継法人に承継されるとされたもの以外は、上告人日本国有鉄道清算事業団のものとされた。本件についても、上告人日本国有鉄道清算事業団にそのまま移行されることとなったが、上告人は、右改革により今回発足した旅客鉄道株式会社のように、鉄道事業を営むものではなくなったのであり、いかなる乗車証も全く発行することはできないものとなっている。

(上告理由)

第一点

一 本件乗車証は、前記本件の事実関係において詳述したとおり、職務遂行上特に必要な範囲において交付される職務乗車証、平素勤務に精励であると認められた者に対して交付される精勤乗車証、退職した職員に対して交付される永年勤続者乗車証は、いづれも上告人が鉄道企業体として操業していることを前提として考慮されるべきものであって、鉄道事業を営まない場合には、いづれもこれら乗車証の取扱いを従前と同様には論じ得ないことはいうまでもないことである。

ところで、前述の如く、いわゆる国鉄改革関連八法案は、昭和六一年一一月二八日、第一〇七回国会で成立し、国鉄は、昭和六二年四月一日以降東日本旅客鉄道株式会社などの鉄道事業その他を営むいわゆる承継法人に分割された。そして、従前の国鉄は、組織変更がされた上、その名称は日本国有鉄道清算事業団と変更され、また、右法律により上告人が鉄道事業を営む者ではなくなったことは明らかであり、被上告人が上告人に対し、団体交渉によってこれら乗車証の交付について団体交渉を求めるに由なく、したがってこれが地位確認を求める利益を欠くに至ったものである。

したがって、現段階において、本訴はもはや訴の利益を喪失したものとして却下を免れない。

二 然るに、原判決は上告人のこの点に関する弁論再開の申立てに何らの考慮を払わず、漫然控訴を棄却し、一審判決を支持する結果を惹起したのは民事訴訟法の解釈を誤ったものであり、このことは当然に判決の結果に影響を及ぼすものであって破棄を免れないものである。

第二点

一 原判決は、第一審判決の一部の表現を変更して、その判決理由を引用したうえ、「労働組合法七条の規定は、単に労働委員会における不当労働行為救済命令を発するための要件を定めたものであるにとどまらず、労働組合と使用者との間でも私法上の効力を有するもの、すなわち、労働組合が使用者に対して団体交渉を求める法律上の地位を有し、使用者はこれに応ずべき法律上の地位にあることを意味するものと解すべきであって、団体交渉をめぐる労働組合と使用者との間の関係は、右の限りにおいて一種の私法上の法律関係であるというべきである。そして、本件で争われているのは、労働組合が使用者に対して一定の事項について団体交渉に応ずべきことを裁判上請求することができるような具体的団体交渉請求権の存否ではなくて、原判決別紙目録記載の事項が当事者間の団体交渉の対象となるか否かということ、すなわち、被控訴人が控訴人に対して右事項につき団体交渉を求める地位を有するか否かということであるから、これについて判決により判断を下すことによって確定される控訴人の地位の内容が不明確、不特定であるということはできない。また、被控訴人と控訴人との間で前記目録記載の事項が団体交渉の対象事項であるかどうかが争われており、この点が判決をもって確定されれば、その限りで当事者間の紛争が解決されることになるのであるから、確認の利益が認められるものというべきである。確かに、右のような点の確認をしても、それによって直ちに本件の団体交渉事項そのものについての紛争が解決されるわけではないが、これによって被控訴人が右のような団体交渉を求めることのできる地位にあるものであることが確定し、控訴人がこれに反するような主張をすることは許されなくなるのであるから、なお紛争解決の実効性があるというに妨げない」として、上告人の控訴を棄却し、第一審判決を支持している。

そしてこれは、第一審の判決が、「使用者が一定の具体的な事項について団体交渉を拒否することが許されるかどうかは、正に具体的な法律上の紛争である。このような法律上の紛争につき、裁判所が第一次的な管轄権を有する」との理解の下に、「労働組合が使用者に対して一定の事項について団体交渉に応ずべきことを法律上請求することができるような具体的団体交渉請求権を肯定することができるかどうかは、別の問題であって、このような請求権を肯定するためには、右具体的団体交渉権に対応すべき使用者の債務の具体的内容の特定やその請求権の強制的実現の可否等の困難な問題を検討しなければならないのであって、にわかに断定することの困難な問題といわなければならない。ただ、本件において争われているのは、別紙目録(略)記載の事項が原被告間の団体交渉の対象となるか否かということ、すなわち、原告が被告に対して右事項につき団体交渉を求める地位を有するか否かということの確認であるから(なお、同判決は、その理由中の別の箇所で、「原告の請求は、右の事項についての被告の団体交渉義務の確認であるけれども、この請求は原告が右の事項について被告に団体交渉を求める地位にあることの確認請求と同趣旨であると認められる」と判示しているのであるが)、右のような困難な問題にあえて立ち入る必要はなく、それが法律上の争訟であって訴えの利益が肯定される限り、右のような地位の確認訴訟が不適法とされるべき理由はない。」としているのと、同趣旨のものと思われる。

二 ところで憲法第二八条は、労働者の団体交渉権をいわゆる労働基本権の一つとして保障しているが、しかし、同条の意味するところは、元来、国は円滑な団体交渉の実現に努めなければならないということであって、直接労使間の私的権利関係を規定するものではなく、使用者も団体交渉を尊重しそれを円滑に進めて労使間の紛争解決のために努力すべきことを、いわば公序として保障されているに過ぎないと解すべきである。また、労働組合法は、使用者による団体交渉の拒否を不当労働行為とし、これに対し労働委員会が救済命令を発し得るとし、その命令に違反して団体交渉を拒否した使用者に制裁を課し得るとして、その履行を強制する手段を設けている。しかし、これは、憲法第二八条が勤労者に保障した社会経済的基本権たる団体交渉権を実効あらしめるため国が、右の範囲で使用者に公法上一定の義務を課したというにとどまり、これによって、使用者に勤労者に対する関係で団体交渉に応ずべき具体的な義務を課す趣旨ではない。したがって、勤労者のいわゆる団体交渉権が事の性質上常にその内容において相手方である使用者を予想する権利であるとしても、使用者は国法遵守の義務をつくす意味において勤労者の団体交渉の要求に応ずるに過ぎないのであるから、勤労者が使用者に対しこのことを請求する具体的な権利を取得する根拠は存しない。

このことは、労働組合が私法上使用者に対して具体的な団体交渉権を有し、それを裁判上請求し得るか否かについての論争に際し、石川吉右衛門教授が、「団結権、団体交渉権は、憲法二八条によって労働者に保障されているが、その直接的効果は、その実現を阻害するような法律行為は民訴法第九〇条によって無効とされ、また、そのような事実行為は、違法とされ損害賠償請求権を発生せしめるに止まる、と考える。即ち、憲法第二八条を直接の根拠としては、本題の被保全権利は発生しない。然らば、労組法第七条二号三号は根拠規定となり得るか、と言えば、これも、否である。何となれば、労組法第七条の名宛人が労働委員会であるからである。」とし(「不当労働行為の救済命令と裁判所の裁判との関係」田中二郎先生古稀記念、公法の理論中巻所収)、また、東京高裁昭和五〇年九月二五日決定(労民集二六巻五号七二三頁)や東京地裁昭和三二年一一月二日判決(労民集八巻六号八七二頁)など多くの判決がこれを指摘しているとおりである。

三 原判決もその判示するところからみて、労働組合が使用者に対して一定の事項について団体交渉に応ずべきことを裁判上請求できるような具体的団体交渉請求権を認める趣旨ではないと考えられるが、その判示するところは、第一審判決同様に不当である。

言うまでもなく、確認の訴が認められるためには、それが私法上の具体的権利又は法律関係の確認であって、いわゆる即時確定の利益を有することが必要である。これを団体交渉に絡む事案について適用するならば、単に一般的かつ抽象的に何をもって団体交渉事項とできるかという判断や、使用者は労働者と団体交渉を行うべき地位にあるという判断ではなくて、具体的事情の下でなおどのような議題について団体交渉をすべきかの問題であるべきである。

本件では、国鉄は団体交渉という名目下ではこれを拒んではいたが、第一審判決も認定しているように、話合いという名目で多数回に亘る会合を持ち、その結果改正案に取り入れたものもあったのであり、これらの諸事情も考慮した上で、なお、具体的な紛争を解決するために団体交渉を行うべきか否かが問題とされるべきなのである。確かに、本件では、乗車証問題が公労法所定の団体交渉事項であるか否かが一つの問題点であったが、前述の事実関係からみても公労法所定の団体交渉事項に何が含まれるかという判断によって具体的な当事者間の紛争状態が解決されることが期待されるものではない。当時における真の紛争は、証拠上明らかなように、乗車証の変更が是か非か、また、どの程度の変更であれば是認されるべきかなどの乗車証問題についての国鉄と被上告人との基本的な考え方や置かれている状況についての認識の違いであって、単に団体交渉事項であるという宣言的な確定判決のみでは、例えば団体交渉する義務や必要があるか否か、あるいはするとしてどのような団体交渉をすればよいかなどの基本的事項が不明確であって、直ちに団交あるいは話合いの進捗がはかられ、紛争が解決されるものではない。

したがって、一般的に言っても、あいは本件に即して言っても、原判決が支持し、第一審判決が言ったように、単に、一般的、抽象的に団体交渉を求める地位を有する旨の確認をすることは、何ら具体的事件の解決に役立たず、確認の利益がないことは明らかである。

四 そもそも、団体交渉の拒否をもって不当労働行為とし、なお交渉の継続を命ずるか否かの判断は、元来、労働委員会における調整的機能を加味した行政的裁量になじむものであって、裁判所による司法的判断とは異質のものである。

例えば、労働組合から使用者に対して団体交渉の要求があり、客観的にみてそれが団体交渉事項として使用者がこれに応ずべきものと判断されたとしても、すでに交渉によって解決し得る余地のない場合もあり、そのような場合には、それが団体交渉事項であることを示す必要もないし、また団体交渉を命ずべきでもない。また、なお交渉を尽くす余地があるとみえる場合においても、直ちに不当労働行為であるとしてこれに介入するよりも、なお暫くは、当事者間の紛争解決にまかせた方が将来の労使関係にとってより有益であるとみられる場合もある。そのような場合においては、団体交渉を命ずる必要もないし、また命ずべきでない。そして、かかる判断は、性質上司法的判断の手法になじむものではなく、将来の労使関係の安定を図ることをも考慮し、流動的な労使関係の発展過程に即応した幅のある判断を示し得る行政的判断の手法になじむものというべきである。

したがって、労働組合法は、第七条の不当労働行為であるとの申立てがあったときは、第二七条により労働委員会がその救済権限を有するものとしているのであって、裁判所は、労働委員会の救済命令などの行政命令が、行政権限の行使としてふさわしいか否かの判断をするという後見的立場に立つべきであり、労働委員会に代わってこれを扱うべきものではない。このことは、労働組合法と労働委員会だけに限らず、公共企業体等労働関係法と公共企業体等労働委員会においても同様であることは、言うまでもない。

本件において、乗車証問題が団体交渉であるか否かが問題となったのも、単にそれが公共企業体等労働関係法第八条所定の団体交渉事項に含まれるか否かが争われたのではなく、乗車証問題について団体交渉の申入れがあったがこれに応じないという紛争が生じ、かかる紛争の正否が争われたからである。したがって、本件事件は、実質上一種の不当労働行為救済申立事件であって、第一次的には公共企業体等労働委員会で処理されるべきであったというべきである。

五 然るに、原判決は、労働組合法第七条などの解釈を誤った結果、本件の如き実質上いわゆる団体交渉の拒否の有無が争われる事件について、労働委員会をさておき、裁判所に第一次的な管轄権があるとの前提に立って、団体交渉権の性格について判断を誤り、しかも乗車証問題につき、被上告人が上告人に対し団体交渉を求める法律上の地位があることの確認訴訟が許されるものとして、被上告人の請求を認容しているのであって、右法律解釈の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄されるべきである。

第三点

一 原判決は、一審判決が公労法第八条について、それが職員の待遇に関するものも含めた広義の労働条件を団体交渉の対象事項としているものとし、また、管理運営事項であっても、それが職員の労働条件に関連するものであるときは、団体交渉の対象事項になるとし、乗車証制度は職員の待遇にあたるから、その改廃に関する事項は団体交渉の対象となるべき事項であるとする判断をそのまま踏襲したが、これは公労法第八条の解釈を誤ったものであるから破棄を免れない。

すなわち、先に述べた如く、乗車証制度は、公共財の運営をまかされている上告人が、その利用料を一部の者に限って免除又は減額することを本質とするから、上告人がほしいままにこれを定めることはできないものであり、監督官庁の指示や国会等を通しての国民の意見等があるときは、国鉄自らの責任において是正をすべきものである。したがって、それは管理運営事項であることは明らかであり、また、労働組合との団体交渉を通じて解決されるべき事項とは、全く異質のものである。

本件の乗車証制度の改正のうち、その中心となるものは職務定期乗車証であるが、一審判決は、公務による出張や通勤のためには、他の乗車証が交付されるので職務との関連性は薄いと認定しているが(三二丁)、誤りである。すなわち、職務定期乗車証は本来職務遂行上、特に必要な範囲内で職員に交付されるものであって、実際上は職員の身分や職群等を基準にして、それぞれ必要な範囲を想定してこれに見合うものを交付していたのであって、当然これは職務並びに通勤の用にのみ供されるべきものである。また、職員が公務で旅行する場合は、交付されている職務定期乗車証を使用し、それでまかなえればその外に公務乗車証を交付されることはなく、公務乗車証を交付されるのは職務定期乗車証でまかなえない場合やまたこれを交付されていない場合である。また、通勤乗車証は、職務乗車証の交付資格のない者や、職務定期乗車証を亡失した者に対して交付しているのである。したがって、これを私用に用いることは、本来の使用方法を誤ったものであるが、実際上、その判別がつかないため、私用に使われることがあり、これがまた乗車証制度に対する批判のもとになっていたのであって、一審判決の認定は、乗車証交付の目的を無視し、その冒用の事実を目して、本来の用法と誤認しているものといわざるを得ない。

今回の改正は、乗車証が交付される本来の趣旨に帰ってその制度の内容を再検討し、それらの冒用を防止するとともに、職員に不利とならないよう配慮を加えたものであり、制度本来の使われ方を徹底することをもって労働条件の変更にあたるなどと非難されるべきものではない。

乗車証制度は、公共の目的や業務の必要に基づき、あるいは一部恩恵的に公共財の無償利用を認めることを本質とするものであって、これによって、一部の者に何らかの利益的なものが生ずるとしても、それは右制度から生じた反射的利益に過ぎず、もとより、これにより何らかの権利性を帯びさせるものでもない。したがって、監督官庁の指示や国会等を通じての国民の意見等があるときは、その趣旨に従う必要があるものであり、その内容をどのように定め、あるいはどのように改正するかは、国鉄が公共財の管理者として、国民に対し責任を負う立場から、すべて独自にこれを決定し得るし、また決定すべきであって、職員その他これを交付されている者の同意を得たり、協議を求めたりなどして決定すべきとの制約を負うものではない。

これを公労法第八条についてみれば、乗車証制度は、管理運営事項であることは明らかであり、また労働組合との団体交渉の対象とされるべきものでもない。そもそも、昭和五二年五月四日の名古屋中郵最高裁判決も認めるように、公共企業体等で認められている団体交渉は、一般私企業において認められている団体交渉とは異なるものである(東京高裁昭和六一年八月一四日、全林野川内営林署事件判決参照)。

原判決は、いわゆる管理運営事項であっても、それが広義の労働条件にあたるときは、団体交渉の対象事項となるとの第一審判決の判示を引用し、これを維持する旨判示している。しかし、元来、公共企業体等の管理及び運営は、法令の定めるところに従い、もっぱら国民の意思に基づいておこなわれるべきものである。そして、それは第一次的に国民に対し責任を負うべき公共企業体等の経営者の責任と判断に任されているものである。したがって、かかる管理運営事項について、労働組合との団体交渉が必要であるということになれば、公共企業体等の本来の在り方に反する場面が生じないとは限らない。このように考えると、一般の民間における団体交渉とはおのずから性質を異にすべき公共企業体にあっては、仮に広義の労働条件であっても、管理運営事項である限り、義務的な団体交渉対象事項から除外されてしかるべきであり、公労法第八条もこの旨明確に規定しているのである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例